Wander About

思いついたこと

変わる、変えるということ

どんな理論でも無から理論を構築することはできない。必ず元となる公理が存在する。
しかし、公理は自明であるという思い込みから成り立っていて、
真であることは証明できない。
 
またa=b b=c のとき、b=cであるという論理そのものも、「そうなる」という公理、思い込みである。
 
つまり、自分の考えや思考は、何らかの思い込みを元に構築されている。
 
変わる、変えるということは自分の中の公理を書き換えることだ。
世界の再構築に等しい。
これは容易ではない。

言葉を返すということ

意見には意見で
気持ちには気持ちで
しっかりと自分の言葉を返したい。
共感か反感か、保留でもいい。

意見や気持ちを人に話すということは、
相手の考えを聞きたいということだから。

しっかり言葉を返してくれる人は、
例え、考えが異なれど信頼できる。

感情的な盲目

好きなものの嫌な部分、
嫌いなものの良い部分、
は発見しにくく、承認しにくい。

また、発見した際は、
反作用により、よりその部分が
強調され印象づけられる。

人は見たいものしか見ない。
またここに戻ってきた。

感情を捨てずに、
差別なく物事を公平に見て、
全てを受け入れた上で、
好き嫌いになりたい。

据え置きか、縮小か。

増税によって、
サービスは据え置きで、価格を上げる派
価格は据え置きで、サービス縮小派
に大体分かれている。

どちらが顧客の心を引き留めておけるのだろうな。

サービスへのこだわりか、
値段へのこだわりか。

そのこだわりが、顧客のニーズとマッチしてなきゃいけない訳だが。

語りえぬものについては、沈黙しなければならない。

朝、テレビでピューリッツァー賞について放映されていた。

 

賞を取った写真について、

「絶望から懸命に這い上がろうとしている男の写真」

的な言葉で説明していた。

 

写真から何を感じ取るかは見る側の自由だ。

 

ファッションの良し悪しを判断するのも、

事件の善悪について判断するのも視聴者だ。

 

「ほっといてくれ」と思った。

こうやって価値観が固定化されていくのかと、怖くなった。

 

「語り得ぬものについては沈黙せねばならない。」

ウィトゲンシュタインの言葉。

 

語り得ぬものについては、安易に語ってはダメだと思う。

ましてはテレビで。